トルストイ少年少女読本[3] 子供の智恵 米川正夫 訳 河出書房
1946 昭和21年 トルストイの印度寓話16『狼と弓』 猟師が弓と矢を持つて猟に行き、山羊を一匹しとめて、肩に擔ぎながら進んで行きました。その途中一匹の猪を見つけたので、猟師は山羊を抛り出して、猪に 矢を放ち、手傷を負はせました。猪は猟師に跳びかかつて、牙で裂き殺すと、自分もその場で死んでしまひました。一匹の狼が血の臭ひを嗅ぎつけて、山羊と、 猪と、人間と、弓の転がつてゐるところへやつて来ました。狼は喜んでかう考へました。『今度こそおれは腹一杯ご馳走にありつけるぞ。だが、みんな一度に喰 べてしまはないで、何一つ無駄にならないやうに、少しづつ喰べることにしよう。まづ固いものから平らげて、それからだんだんと柔らかい、うまさうなものを 喰べることにしよう。』 狼は、山羊と、猪と、人間を嗅いでみて、『これは柔らかいご馳走だから後まはしにして、まづ一つこの弓に着いてゐる筋から平げよう。』かう言つて、狼は 弓弦を噛じりかけました。すると弦を食ひ切るが早いか、弓が急に跳ね返つて、狼の腹を打つたので、狼はそのまゝ息が絶えてしまひました。その時ほかの狼ど もがやつて来て、人間も、山羊も、猪も、狼も食つてしまひました。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1169127/15 露国民衆文学全書 第三編 ろしあ童話集 昇曙夢(のぼりしょうむ) 大倉書店 1919 大正8年 ろしあ童話集トルストイ物語16『狼と弓』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/958849/19 春陽堂少年文庫 トルストイ童話集 昇曙夢 1932 昭和7年 トルストイ童話集童話篇16『狼と弓』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1168514/14 The Complete Works of Count Tolstoy Volume XII. Fables for Children 1869-1872 by Count Lev N. Tolstoy Translated from the Original Russian and edited by Leo Wiener Assistant Professor of Slavic Langauages at Harvard University Boston Dana Estes & Company Publishers II. ADAPTATIONS AND IMITATIONS OF HINDOO FABLES 16.THE WOLF AND THE BOW A hunter went out to hunt with bow and arrows. He killed a goat. He threw her on his shoulders and carried her along. On his way he saw a boar. He threw down the goat, and shot at the boar and wounded him. The boar rushed against the hunter and butted him to death, and himself died on the spot. A Wolf scented the blood, and came to the place where lay the goat, the boar, the man, and his bow. The Wolf was glad, and said: "Now I shall have enough to eat for a long time; only I will not eat everything at once, but little by little, so that nothing may be lost: first I will eat the tougher things, and then I will lunch on what is soft and sweet." The Wolf sniffed at the goat, the boar, and the man, and said: "This is all soft food, so I will eat it later; let me first start on these sinews of the bow." And he began to gnaw the sinews of the bow. When he bit through the string, the bow sprang back and hit him on his belly. He died on the spot, and other wolves ate up the man, the goat, the boar, and the Wolf. https://archive.org/stream/completeworksofc12tols?ui=embed#page/26/mode/2up 印度説話 Type180 TMI.J514.2 シャルマン物語 : 印度の教養 森畯二 訳 拓文堂 1942 昭和17年 (ヒトパデーサ) シャルマン物語1.6『猟人と鹿と猪と犲』 カタカ国に猟人で、名を鬼顔といふ豪の者がありました。ある日弓を小脇に、ビンジヤ連山に分け入つて間もなく鹿を射止めたが、この獲物を肩にかけての戻 りがけに、また恐しく大きな猪が眼にとまつたので、鹿を地べたに放りだして、早速ひやうと発(はな)つと狙ひ外れずばつたり猪は斃れました。しかし流石に 猛獣で、急所を射られても跳び起きて、天地の壊れるばかりな凄まじい叫びをあげながら鬼顔にむかつて来ました。鬼顔も弓を引きしぼつたが、死物狂ひの猪の ために八つざきにされて、伐りたふされた樹のやうに、筈矢(やなみ)のまゝその猪と一緒に最後を遂げました。そればかりではなく、ちようどそこに居た蛇も お相伴(しやうばん)をくつて踏み殺されてしまひました。 昔から非業の最後を遂げさせるものは、水難、火災、山崩れ、飢渇に毒物と刃物三昧といつてゐるが、全くそのとほり。 ほどなく此辺に餌をあさりに来た晩咆(ばんほう)といふ犲(さい)が、はからずも猟人と鹿と猪と蛇が、一緒にたふれてゐるのを見て、 「けふは何といふ吉日だらう。おれのためにこんな御馳走がこゝに支度してあるとは思はなかつた。思はぬ不幸にでつかはすことがあるやうに図らず福運に巡 りあふこともあるものだ。運不運、吉凶、禍福はみな神様のおぼしめし。これはたつぷり三月分の食糧がある。猟人の肉がまアひと月、鹿と猪でそれがふた月、 蛇は明日の分だ。さしあたりの腹ふさげに弓についてゐる散れ肉や腹すぢを味つておかう。」 と、弓に触るか触らぬうちに、弾けた矢に胸を射ぬかれて、鞆音[ともね]も高く犲の命はなくなつてしまひました。 注: 犲(さい): ヤマイヌのこと。 早速ひやうと発(はな)つと → さっそく、ひょうとはなつと 「ひょうとはなつ」 は、弓で矢を射る時の音 ヒトーパデーシャ―処世の教え ナーラーヤナ 著 金倉 圓照 北川 秀則 訳 岩波文庫 Hito1.4『猟師と猪と欲張りなジャッカル』 世界童話大系 第10巻(印度篇) パンチャタントラ 松村武雄 訳 世界童話大系刊行会 1925 大正14年 世界童話体系Pan2.3『欲張りすぎた犲』 ある山地(やまち)に一人の猟師が住んでゐました。 ある日狩に出かけると、非常に大きな[野猪](ゐのしし)に出逢ひました。猟師はそれを見ると、弓に矢を番へて、耳もとまで引きしぼつて切つて放しまし た。野猪は大層怒つて、新月のやうに光りきらめく牙の先を、猟師の腹につき立てました。猟師はばたりと地に倒れて、息がきれました。しかし野猪も矢傷のた めに死んでしまひました。 そこへ一匹の犲(さい)が通りかかりました。犲は死んでゐる猟師と野猪とを見て、大へん喜びました。 『何と運のいいことだらう。全く思ひがけない食物(くひもの)にありついたぞ。これから四五日が間充分命がつなげるやうに、少しづつ食べることとして、ま づ今日のところは、弓の弦を食つてやらう。』 犲(さい)はかう考へて、先づ弓の端を口にくはへて、弦を食べようとしました。が弦を咬みきつたと思ふと、弓が烈しく刎(は)ね返つて、弓の[先端] (はし)が犲の上顎を貫いて、頭蓋の真中にぬつと突き出ました。犲はたちどころに死んでしまひました。 パンチャタントラ アジアの民話12 田中於莵弥・上村勝彦訳 大日本絵画 Pan2.03『猟師と猪と欲張りジャッカル』 カリーラとディムナ 菊池淑子 訳 平凡社 Kali03.2.1『欲張りな狼の話』 ラ・フォンテーヌ寓話 今野一雄 訳 岩波文庫 Laf08.27『オオカミと狩人』 ト ルストイの印度寓話対照表 トルストイの アーズブカ対照表 トルストイの アリとハト対照表 |
2017年7月13日木曜日
トルストイの印度寓話16『狼と弓』
2017年7月12日水曜日
トルストイの印度寓話15『盲と牛乳』
トルストイ少年少女読本[3] 子供の智恵 米川正夫 訳 河出書房
1946 昭和21年 トルストイの印度寓話15『盲と牛乳』 或る生れながらの盲が目あきに尋ねました。 『牛乳はどんな色をしてゐるんだね?』 目あきは言ひました。『牛乳は紙と同じやうに、真つ白な色をしてゐるよ。』 盲は尋ねました。『それぢや、牛乳の色は紙と同じやうに、手でさはるとがさ/\言ふのかね?』 目あきは言ひました。『いや、その白さは粉のやうな白さなんだ。』 盲は尋ねました。『それでは何かね、粉のやうに柔らかくて、さら/\してゐるの?』 目あきは言ひました。『いや、たゞ白いんだ。白兎のやうに。』 盲は尋ねました。『それぢや、兎のやうにふつくらして柔らかいの?』 目あきは言ひました。『いや、それはちやうど雪のやうに真つ白なんだ。』 盲は尋ねました。『それぢや、その白さは雪のやうに冷たいの?』 かうして、目あきがどれだけ譬へを引いても、盲は牛乳の白さがどんな色か、合点することが出来ませんでした。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1169127/15 露国民衆文学全書 第三編 ろしあ童話集 昇曙夢(のぼりしょうむ) 大倉書店 1919 大正8年 ろしあ童話集トルストイ物語15『盲人と牛乳』 春陽堂少年文庫 トルストイ童話集 昇曙夢1932 昭和7年 トルストイ童話集童話篇15『盲人と牛乳』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1168514/13 The Complete Works of Count Tolstoy Volume XII. Fables for Children 1869-1872 by Count Lev N. Tolstoy Translated from the Original Russian and edited by Leo Wiener Assistant Professor of Slavic Langauages at Harvard University Boston Dana Estes & Company Publishers II. ADAPTATIONS AND IMITATIONS OF HINDOO FABLES 15.THE BLIND MAN AND THE MILK A Man born blind asked a Seeing Man: "Of what colour is milk?" The Seeing Man said: "The colour of milk is the same as that of white paper." The Blind Man asked: "Well, does that colour rustle in your hands like paper?" The Seeing Man said: "No, it is as white as white flour." The Blind Man asked: "Well, is it as soft and as powdery as flour?" The Seeing Man said: "No, it is simply as white as a white hare." The Blind Man asked: "Well, is it as fluffy and soft as a hare?" The Seeing Man said: "No, it is as white as snow." The Blind Man asked: "Well, is it as cold as snow?" And no matter how many examples the Seeing Man gave, the Blind Man was unable to understand what the white colour of milk was like. https://archive.org/stream/completeworksofc12tols?ui=embed#page/24/mode/2up 仏典 昭和新纂 国訳大蔵経 経典部 第5巻 東方書院 大般涅槃經卷第十三 聖行品第第十九之下 生盲(しやうまう)の人乳色(にうしき)を識(し)らず。便(すなは)ち他に問ひて言はく、「乳色何(にうしきなん)にか似る。」他人答へて言はく、 「色白くして貝(ばい)の如し」と。盲人復(もうにんまた)問ふ、「是の乳色は貝声(ばいしやう)の如くなりや。」答へて言はく、「不(いな)なり。」復 問ふ「貝色何に似ると為すや。」答へて云はく、「稲米末(たうまいまつ)の如し。」盲人復問ふ、「乳色柔耎(にうしきにうなん)にして稲米末(たうまいま つ)の如くなりや。稲米末は復何の似る所ぞ。」答へて言はく、「雪の如し。」盲人復言はく、「彼の稲米末冷(ひややか)なる雪の如くなりや。雪復何に似 る。」答へて言はく、「猶(なほ)し白鶴(びやくかく)の如し。」是の生盲の人、是(かく)の如き四種(ししゆ)の譬喩(ひゆ)を聞くと雖も、終(つひ) に乳の真色(しんじき)を識(し)ることを得(う)ること能はず。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1172051/176 教育叢書 通俗修身談 小池清 著 共同出版社 明24 盲目と目の見へる人との話 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/757783/31 ボビーさん新お伽噺 藤波山人 著 春江堂書店 1913 大正2 2.馬鹿正直 或る人が、文盲なる少年に向つて、『何でも人は堪忍の二字を守らなければいけませんよ』と説き聴かせました、文盲なる男は首を傾(かし)けながら指を折 て、『かんにんならば四字でしよう、二字と云ふは 御心得たがひでしよう』と云ふので『イヤ、堪忍とは、たへしのぶと 云う義で二字がほんとうじや』と云いました、文盲はまた首を傾(かたむ)けて、『たいしのぶ、ならば、五字で、一字多くなりましたな』、『没 道漢(わからずや)だな、堪忍とはたへしのぶと云 ふ義で二字だよ』、『かんにんならば四字でしよ』 と何度教いても暁(さと)りませんので、その人は大(おほい)に怒つて『御前のやうな、愚物は又と無い、馬鹿に塗(つけ)る薬は無いと云ふが如何にもほん とうである』と罵ると、文盲は平気なので『何と仰しやつても私(わたくし)はかんにんの四字を守るから腹は立ちません』と笑つて居ました 無学でも、堪忍して怒らぬ所は立派なものであります Aesop's Fables. Illustrated by Ernest Griset. With Text Based Chiefly Upon Croxall, La Fontaine, And L'Estrange. Casssel, Petter, Galpin & Co. London, Paris & New York. Ernest Griset 293『カメレオン』 二人の旅人が道すがら、カメレオンの色について口論となった。一方は青色だと言い張った。とても晴れた日に、カメレオンが枯れ枝にとまって、空を見上げて いるのを、この目で見たのだと言うのだった。もう一方は、緑色だと断言した。イチジクの大きな葉にいるのをすぐ近くで、よく観察したのだと言うのだった。 両者ともに確信していたので、口論はいよいよ激しくなった。すると、よいことに、もう一人の旅人がやって来た。二人はこの問題を彼に託すことにした。 「お二人方よ」仲裁者が満面の笑みを浮かべて言った。「この裁定者に私ほど適任者はおりません。実を言いますと、昨夜カメレオンをこの手で捕まえたので す。しかし、これは真実ですが、あなた方は二人とも間違っています。と言いますのも、カメレオンは身体全体真っ黒だからです」 「真っ黒だって! そんなはずはない」 「いや、その通りなのです」裁定者は自信満々に答えた。「すぐにでも証明してみせますよ。と言うのも、私はそいつを、紙の箱にすぐに押し込んだからです。 ほらこれがそうです」 彼はそう言うと、箱をポケットから取り出して開いた。おお! それは雪のように白かった。自分の言うことに確信を持っていた者たちは、皆驚きの表情を 浮かべ、困惑したようだった。一方この賢い爬虫類は、哲学者然として、彼らを諭した。 「未熟な者たちよ、中庸ということを学びなさい。今回の事例では、皆が正しかったのです。それぞれ違った環境において、対象を見たために違って見えただけ なのです。今後は、自分だけでなく、他の人もちゃんとした洞察を持っていることを肝に銘じるのです。そして、誰もが、他人の感覚よりも自分自身の感覚を正 しいと思いこむということを肝に銘じなさい」 Bewick 3.10 ト ルストイの印度寓話対照表 トルストイの アーズブカ対照表 トルストイの アリとハト対照表 |
2017年7月10日月曜日
トルストイの印度寓話14『水の精と真珠』
トルストイ少年少女読本[3] 子供の智恵 米川正夫 訳 河出書房
1946 昭和21年 トルストイの印度寓話14『水の精と真珠』 或る人が船に乗つて行く途中、高価な真珠を海へ落としました。その人は岸へ引き返すと、桶を持つて来て水をしやくつては、それを地面へこぼし始めまし た。三日間といふもの、根気よくせつせと汲んではこぼしてゐました。四日目に、海の中から水の精が出て来て尋ねました。 『お前はなぜ水を汲んでゐるのだ?』 男は答へました。 『真珠を落としたから、それで水を汲み出してゐるのです。』 水の精は尋ねました。 『やがてもうやめるだらうな?』 男は答へました。 『海をすつかり乾してしまつたら、その時はじめてやめませう。』 それを聞くと、水の精は海へ引換して、その真珠を取つてくると、男の手に渡しました。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1169127/14 露国民衆文学全書 第三編 ろしあ童話集 昇曙夢 大倉書店 1919 大正8年 ろしあ童話集トルストイ物語14『水神と真珠』 春陽堂少年文庫 トルストイ童話集 昇曙夢(のぼりしょうむ) 1932 昭和7年 トルストイ童話集童話篇14『水神と真珠』 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1168514/12 The Complete Works of Count Tolstoy Volume XII. Fables for Children 1869-1872 by Count Lev N. Tolstoy Translated from the Original Russian and edited by Leo Wiener Assistant Professor of Slavic Langauages at Harvard University Boston Dana Estes & Company Publishers II. ADAPTATIONS AND IMITATIONS OF HINDOO FABLES 14.THE WATER-SPRITE AND THE PEARL A Man was rowing in a boat, and dropped a costly pearl into the sea. The Man returned to the shore, took[Pg 25] a pail, and began to draw up the water and to pour it out on the land. He drew the water and poured it out for three days without stopping. On the fourth day the Water-sprite came out of the sea, and asked: "Why are you drawing the water?" The Man said: "I am drawing it because I have dropped a pearl into it." The Water-sprite asked him: "Will you stop soon?" The Man said: "I will stop when I dry up the sea." Then the Water-sprite returned to the sea, brought back that pearl, and gave it to the Man. https://archive.org/stream/completeworksofc12tols#page/24/mode/2up 仏教経典 国訳大蔵経. 第41冊 国民文庫刊行会 仏本行集経 巻の第三十一 昔与魔競品(じやくよまきやうほん)第三十四 ---- 仏、諸比丘に告げて云(のた)まはく、『汝諸比丘よ、至心(しいしん)に諦聴(たいちやう)せよ。我れ念ずるに、往昔(わうじやく)、一商人有り、海に入 りて宝を採らんとし、海内(かいない)にて、一の貴重なる摩尼(まに)の宝を得たり。其の値は正に百千両金に値す。得已(えをは)りて忽然として還(ま) た海中に堕す。時に、彼の商主、即ち一杓を持つて、大精進勇猛(だいしやうじんゆうみやう)の心を発(おこ)し、大海の水を抒(く)み、乾竭(けんけつ) せしめて摩尼宝(まにはう)を求めんと欲しぬ。時に海神天(かいじんてん)は、彼の人の、杓にて海水を抒み、将(もつ)て陸地に置くを見、見已(みをは) りて即ち是(かく)の如き念言(ねんごん)を作(な)す、『此の人や愚癡、智慧ある事なし。大海の水は無量無辺なり。其の人、云何(いかん)ぞ、杓を以 て、抒み陸地に置かんと欲する』。彼の海神、即ち偈を説きて言はく、 『世間多く衆生輩(しゆじやうはい)あり、財利を貪らんが為めに、種種の為(わざ)をなすも、我れ今汝を見るに、大愚癡なること、更に、人の汝に過ぐる 者有る無し。八万四千旬の海を、今、杓を以て抒みて、乾かさしめんと欲す、困乏(こんぼふ)、徒らに自ら一生を喪(うしな)ひ、抒む所未だ多からざるに、 命便(すなは)ち尽きん。抒む所の水は毛渧(まうてい)の如く、此の大海は広くして甚深(じんじん)なり。汝、今、無智にて、思惟せず、耳 (にたう)を取つて、須弥と作さんと欲するごとし』。 爾(そ)の時、商主、復、海神に向ひて、偈を説きて言はく、 『天神は、此く、不善の言(ごん)を為して、乃ち、我の、海を乾竭(けんけつ)するを遮らんと欲す。神、但、意を定めて、正に我れを観よ、久しからずし て、海を抒みて、当(まさ)に空しからしむべし。 仁、此に住して、長夜停(ぢやうやとど)まらば、是の故に、心、応(まさ)に大に憂悩(うなう)すべし。我は誓ふ精勤(しやうごん)の心退(しりぞ)か ず、必ず大海を竭(つく)して乾かしめん。 我が無価(むげ)の宝、此の中に堕つ、是の故に、大海の水を枯らすを要す、 水、若し、底を尽さば、還(ま)た宝を獲、得已(えをは)りて当に廻帰(ゑき)して家に向かふべし。』 時に、彼の海神、是の語を聞きて、心に恐怖を生じ、是(かく)の如き念を作す、『此の人、是(かく)の如く、精進勇猛(しやうじんゆうみやう)ならば、 此の海水を抒(く)みて、必ず当(まさ)に[竭尽](つ)くすべし』。時に、彼の海神、是(かく)の如く念じ已(をは)りて、即ち、商主に、無価(むげ) の宝珠(ほうしゆ)を還(かへ)し、還し已(をは)りて、即ち、是の如きの偈を説きて言はく、 『凡て人は須らく勇猛心(ゆうみやうしん)を作すべし、苦疲(くひ)を負担して、惓(けん)を辞する莫(なか)れ。 我れの是(かく)の如き精進力(しやうじんりき)を見て、失宝(しつぽう)を還して帰りて家に向ふを得しむ』。 爾の時、世尊、偈を説きて言(のた)まはく、 『精進は処処に心に称(かな)ふを得、懶惰(らんだ)は[恒常](つね)に大苦を見る。是の故に、勇猛の意(こころ)を勤発(ごんほつ)せよ、智人は此 を以て菩提に成(じやう)ず』。 仏、諸比丘に告げ給はく、『爾の時の大商主を知らんと欲せば、即ち我が身是なり。時に、彼の商主、海に入りて、既(すで)に無価(むげ)の宝珠を得。得 て還つて復失(またうしな)ひしも、勇猛心を以て、還(ま)た宝を求め得たり。今日亦然り。精進を以ての故に、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみやく さんぼだい)、七覚分(しちかくぶん)の道を得たり』。 ----- 類話 世界童話大系 第10巻(印度篇) パンチャタントラ 松村武雄 訳 世界童話大系刊行会 1925 大正14年 世界童話体系Pan1.12『おばしきと海』 海に沿うた或る地方におばしきといふ鳥が一双 (ひとつがひ)棲んでゐました。牝の鳥は姙(はら)みました。児(こ)を生むときが近づくと、牝の鳥は牡の鳥に云ひました。 『あなた、子供が生れる時が来ましたよ。どこか危なくないところを探して、私に卵を産ませて下さい。』 すると牡の鳥は、 『海ばたの此処がいいんだよ。ここで産むがいい。』 と云ひました。牝の鳥は、 『ここは、満月の日に高潮がさします。そして猛(たけ)り狂う強い強い象でも持つて行つてしまひます。だからどこか海ばたを遠く離れたところを探さねば 駄目ですよ。』 と云ひました。すると牡の鳥は笑つて、 『馬鹿なことを云ふものぢやない。海なんか何でもないよ。安心してここに卵を産むがいい。』 と云ひました。 海はこれを聞いて、心の中で考へました。 『小つぽけな鳥のくせに、いやに高慢だな。よしあいつの力がどんなに弱いものであるかといふことを思ひ知らしてやらう。乃公(おれ)が彼奴(あいつ)の 卵を奪つたら、彼奴(あいつ)は何が出来るだらう。』 海がかう考へてゐるうちに、牝の鳥が卵を産みました。そして滋養になるものを探すために、あるとき卵のそばを離れますと、海がやつて来て、卵を持つて行 つてしまひました。 牝の鳥は帰つて来て、卵をおいたところが空つぽになつてゐるのを見つけると、大層歎き悲しんで、夫に云ひました、 『私は、海の水が卵を台なしにしてしまふから、海から離れたところに行かなくちやならぬと云つたでせう。だのにあなたは馬鹿に高慢ちきで、私の云ふとほ りにしてくれなかつたのです。』 ---- すると牡の鳥はやつきとなつて、 『いいよ、私は海の水を汲み乾(ほ)して、からからにしてやるから。』 と云ひました。 『馬鹿馬鹿しい。あなたに海と喧嘩が出来るものですか。』 と、牝の鳥が云ひました。 『いや出来る。小つぽけなものでも、堅い決心さへあれば、強いものに勝つことが出来るよ。』 牡の鳥はかう云つて、蒼鷺、鶴、孔雀、その他のいらんな鳥を集めて、海のために卵を奪はれたことを話して、 『だから海をからからにしてやらうと思つてゐる。お前さんたちも加勢をしておくれ。』 と頼みました。すると鳥どもは、 『いや私たちはあまり弱すぎるから、主人のガルダ(印度の宗教神話に現るる怪鳥)様にお話して、助を借りる事にしよう。』 と云ひました。そしてみんなでガルダのところに行つて、話をしますと、ガルダは大層怒つて、 『よし、わしが海を汲み乾(ほ)してやる。』 と云つてゐるところへ、天界のヴィシュニュー神(がみ)から使が来て、 『神のお召しです。早くお出かけなさい。』 と伝へました。しかしガルダはぷんぷんして、 『私の眷属が海からひどい目にあはせられるやうでは、私は神にお仕へしても何にもなりませんよ。天へ帰つて、私の代りに他のものを家来にお使ひなさるや うに云つておくれ。』 と答へました。 ヴィシュニュー神は使の言葉を聞くと、自身で天界を降(くだ)つて、ガルダのところにいらつしやいました。そしてガルダから、海が鳥の卵を奪つたことを お聞きになると、海に対(むか)つて、卵をかへすやうにお云ひつけになりました。 海はとうとう卵を返さねばなりませんでした。 だから 『敵の力を知らずして、之に対抗するものは。 海がおばしきに屈せし如く、 屈服を経験せざるを得ず。』 といふのです。 パンチャタントラ アジアの民話12 田中於莵弥・上村勝彦訳 大日本絵画 パンチャタントラ1.12『水禽と海』 シャルマン物語 : 印度の教養 森畯二 訳 拓文堂 1942 昭和17年 (ヒトパデーサ) シャルマン物語2.9『鶺鴒と大海』 ヒトーパデーシャ―処世の教え ナーラーヤナ 著 金倉 圓照 北川 秀則 訳 岩波文庫 Hito2.10『千鳥と海』 カリーラとディムナ 菊池淑子 訳 平凡社 Kali01.10『千鳥と海の代官』 サキャ格言集 今枝由郎 訳 岩波文庫 282 故事俚諺教訓物語 森脇紫逕 著 富田文陽堂 出版年月日 大正1 愚公山を移す。(列子) 智慧がなくても、勉めて止まない時には遂にその目的を達することが出来るといふ事にたとへたのです。 昔支那に愚公といふ九十近くの老人がありました。その家の前に太形(たけい)、王屋(わうおく)といふ二つの大きな山がありました。愚公は、自分の家が その山で塞がれて、他所(よそ)へ出て行くのにも面倒なので、この山をとりのけてしまはうと思ひましたそして子供たちをつれて、毎日箕(み)でもつてその 土を一ぱいづゝ、渤海(ぼつかい)へ運びました。すると智叟(ちそう)といふ人が、これを見て、大そう笑つて止めて云ふのに、 『お前はもうすぐ死んでしまふやうな老人ではないか、死ぬまで働いたつて山の一毛(もう)もくづす事が出来ぬ。馬鹿な事は止(よ)すがよい』。 と。愚公は嘆息ついて、 『私は死んでしまつてもまだ子がある。その子が孫を生み、孫は又子を生むかうして子々孫々なくなるといふ事はない。しかし山の大きさは決して大きくなる ものでない。とればとるだけ減つて行く。だから子々孫々相ついでやれば何時(いつ)かは山がなくならぬといふ事はない』。 といひましたので、智叟はだまつてしまひました。 或る神様がこれを聞かれて、その事を天帝に告げました。すると天帝は愚公が熱心なのに大層感心なさつて、使に命じてこの二つの山をそれぞれ負うて遠くの 所へ持つて行かされましたので、山は直ぐなくなりました。 世の中で、よく『才がある人だ』などいはれてゐる人の中には、智叟(ちそう)に似た人があります。又、愚公のやうな事をいふと『あれは馬鹿だ』などゝ悪 口をいふ人がまゝありますが、この愚公のやうな心であつたら、きつといつかは成功しられます。 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/907526/38?tocOpened=1 ト ルストイの印度寓話対照表 トルストイの アーズブカ対照表 トルストイの アリとハト対照表 |
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